2017年11月20日月曜日

339:ドイツの連立予備交渉が自民党の逃亡で破綻、戦後最長の政治危機へ

 本年9月24日のドイツ総選挙の日に速報として報告した通り( ⇨メルケル政権は継続し大連立は崩壊、社会民主党は下野へ。次期はジャマイカ連立政権か )、その後ここ一月ほどいわゆるジャマイカ連立政権へ向けた予備交渉が連日続けられていましたが、本日未明に自由民主党・FDPが交渉を離脱したためこの連立構想は破綻、流産しました。

 これは非常に重要な出来事ですので、ここ二十四時間に私が見たことを簡単に報告しましょう。
 
 昨日の日曜日の夕方、この日交渉が行われているバーデン・ヴュルッテンブルグ州のベルリン代表部へ様子を見に行くと、建物前の欧州旗、ドイツ国旗、それに同州の旗が半旗になっていました。この日は毎年恒例の「国民追悼の日」として死者を弔う日であったためです。 この光景に何やら不吉な感じを抱いたのですが・・・、
建物の入り口には朝から多くのメディアのカメラが待ち続けています。

 この公共第二テレビのカメラマン、私を見つけて途端に映し出しましたので、こちらも写真を撮りました。暇を持て余しているのです。
 この建物の主に二階の会場で交渉が行われています。
外から覗くと、ちょうど入り口のカフェテリアで緑の党の党首たちが交渉団のメンバーと対策を協議している場面が伺えました。

 画面右側の白髪頭のトリティン元環境相のグループが緑の党の左派です。左側のクループの白髪頭がこの建物の主の同州首相のクレッチュマン氏で、緑の党の現実右派です。

 以上は私が撮った写真ですが、以下は報道写真とヴィデオです。
ところが交渉中の真夜中、日付が変わる直前に、突然自由民主党の代表団が交渉からの離脱を表明して席を蹴り、入り口で待ち構えている記者団にリンドナー党首があらかじめ用意された声明を伝えました。
これは明らかに周到に準備された行動でした。



一月以上の連立協議で 最後の難関である難民問題での妥協案が成立しそうになった瞬間に席を蹴った同党のこの行為によってジャマイカ連立は流産してしまいました。

 その一時間後にメルケルキリスト教民主同盟・CDU党首と、姉妹党のゼーフォッファーキリスト教社会同盟CSU党首が記者会見し、どちらもが「最後の土壇場での交渉の不成立を非常に残念に思うと」落胆の意を表しました。


                 また緑の党の交渉団も、ほぼ同様の意見表明をしました。


 この時点までに起こったことを現場から公共第一放送ARDが20午前1時30分からのニュースでまとめて伝えました。(これは今日から一週間は閲覧可能です。⇨こちらから

 以上が日本時間の20日の月曜日の朝に起こったことです。
メルケル首相は、10月24日に新しい連邦議会が招集された日から、新政権成立まで暫定政権の首相の立場ですので、本日20日の正午にシュタインマイヤー連邦大統領を訪ねて、連立交渉の不成立を伝え、大統領にこれからの対策について相談をしました。このような時には大統領が連邦議会に方針を提案する権限があるからです。

 これを受けて大統領は先ほど日本時間の22時30分から大統領府で記者団を前に⇨
声明を発表しましたが、「欧州の重要な国であるドイツが、選挙の結果、安定した政権を構築できないのは、有権者に対して無責任であり、したがって簡単に再選挙を呼びかけることはできない。私はこれから各政党の党首ら、並びに三権の長と対策を協議するつもりである」という短い簡潔な内容のものでした。

 これからの見通しとしては、メルケル首相のもとでの黒緑の少数与党政権、あるいは再選挙が考えられますが、いずれも戦後のドイツでは初めてのことであり、どちらも簡単ではなく、しかもこれから数ヶ月から半年近い不安定な政治情勢が不可避となります。

この混乱で最大の漁夫の利を得るのは、極右政党のドイツのための選択肢 ・AfDであり、すでに彼らは我田引水の「連立交渉の破綻は我々の勝利である。メルケル首相は退陣すべきである」と党首らが声明しています。

 というわけで、この結果はいずれにせよこの国の戦後政治史で最長の危機をもたらし、したがって民主主義の成熟度が厳しく問われることになります。大きな 試練の時期に突入したことだけは間違いありません。

 ここでドイツの政情が大きく揺らげば、ブレクジット、トランプ登場に続く、世界規模での不安定要因になることも懸念されますので、そうならないことを願っています。

以上ベルリンからとりあえずの報告とします。

2017年10月29日日曜日

338:ベルリンフンボルト大学で「慰安婦」問題映画月間Women’s Bodies as Battlefieldが始まります。追加記事あり。

 ここベルリンでは、来る11月1日からWomen’s Bodies as Battlefieldと題された、いわゆる日本軍「慰安婦」、正確には日本軍性奴隷の被害者に関する映画五本が、映画月間としてフンボルト大学で毎週水曜日の19時から5回にわたって上映、紹介されます。

 主催と共催は大小の国際的NGO11団体です。それにふさわしく、紹介される映画も韓国、中国、フィッリピン、インドネシア、台湾とアジア諸国の作品で非常に質の高いものです。英語の字幕、ないしはナレーション付きでインドネシアの作品だけはドイツ語字幕付きですが、どの映画にも不可避的に日本語が出てきます。それはなぜでしょうか?

 この問題は、近年の日本のメディアでは、あたかも日韓間だけの問題のごとく扱われていますが、それは大間違いであることがこの上映会でもわかるはずです。多くのアジア諸国との問題なのです。
しかも旧日本軍だけでなく、戦時における性奴隷問題は、極めて普遍的な現在の大きな国際間の課題なのです。
 
 これに対して安倍政権は「見ざる聞かざる言わざる」を決め込もうとしていますが、そんな日本政府の姿勢こそが、外交的孤立を招き、日本の国益に反するものであることを理解できないことこそがこの政権の致命的欠陥の一つです。
 この問題に関しては、安倍政権はやることなすこと全てが失敗し、歴史修正主義の恥の上塗りしかできていないことがさっぱり自覚できていないという惨めな姿が、国際世論での客観的な現実です。
 それもあり在ドイツの日本の外交関係者の皆様には、フンボルト大学でのこの特別講義に特に参加をお勧めいたします。
 少なくとも、この特別講座にケチをつけるために大学に抗議をするような恥晒しだけはしないでいただきたいものです。やりかねない外交関係者とその手先は,
驚くべきことにドイツにもいますから、あらかじめ警告しておきます。


    
      Jeden Mittwoch im November 2017 um 19:00 Uhr 
 Humboldt Universität zu Berlin, Hörsaal Nr. 1070, Unter den Linden 6, 10099 Berlin
Eintritt frei – Spenden für Überlebende in Indonesien erbeten

 入場は無料ですが、インドネシアへの寄付を募るとのことです。
 各作品の詳しい紹介は主催者の⇨HPでの解説をご覧ください。

(11月3日追加)
韓国の通信社聯合ニュースが日本語でも2日付で以下のように⇨この映画月間について報道しています。
 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

慰安婦問題テーマのドキュメンタリー映画 独大学で上映へ

 【ベルリン聯合ニュース】旧日本軍の慰安婦問題を扱ったドキュメンタリー映画の上映会が12日から29日までドイツのベルリン・フンボルト大で開催される。
韓国、中国、台湾、インドネシア、フィリピンなどの慰安婦被害者の生涯を記録した映画が取り上げられる。上映作品はビョン・ヨンジュ監督の「ナヌムの家II」や班忠義監督の「太陽がほしい 『慰安婦』とよばれた中国女性たちの人生の記録」など5作品。
 上映会はドイツの韓国関連の市民団体「コリア協議会」などが企画した。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
なお、最初の1日の「ナヌムの家Ⅱ」の上映会は立ち見も出るほどの盛況でした。若い学生世代の参加が大半であったことが特徴です。

なお次回11月8日に上映される「太陽がほしい」には3年前の上映会と同じく班忠義監督が特別参加され質疑応答も行われる予定です。
前回の予告と報告は、⇨ここ⇨ここにあります。今回はまた違った影響がありそうなので楽しみにしています。
(以上追加です)



337:ルター宗教改革500周年記念日への寄稿です。追加情報あり。

 明後日の2017年11月31日はマルティン・ルターが宗教改革を始めて500周年記念日となります。これに関しては、その前後に日本のメディアでも少しは報道されるとは思いますが、一般的に関心は薄いと思われます。
(31日:文末に情報を追加しました。)
 
 わたしはルターが宗教改革を始めたエルベ河畔のヴィッテンベルク市をこの春訪ね、その歴史的意義について日本史との関連も含めて日本のミニコミに寄稿しましたので、それを紹介いたします。 掲載誌は6月に発刊された⇨季刊戦争責任研究の付録の⇨Let`s 88号に掲載されたものです。クリックしてご覧ください。



 (訂正)最初のページ2段目5行目に「ついに一六世紀には・・」とありますが、正しくは「ついに一七世紀には・・」です。

なを、文末にあるテロルの地勢誌での⇨特別展は11月5日までですので 関心のある方は早めに観てください。

(追加情報です。10月31日)
毎日新聞のベルリン特派員中西啓介記者が、日本のマスメディアでは唯一まとまった特集で三回の連載を昨日までにしていますので是非ご覧ください。関連のビデオも付いています。


ルターの光と影:宗教改革500年





また、アシジ教授による「ルター1517」のパノラマはHPでその⇨会場の様子の写真が見れ規模がわかります。

またこれに関する、独仏の公共放送の報道のは多くありますが、動画としては⇨Arte⇨DWを挙げておきますのでご覧ください。





336:松井一實広島市長ベルリン講演のお知らせ。Vortrag des Büugermeisters von Hiroshima in Berlin

 お知らせです。広島市の松井一實(まついかずみ)市長が、近くベルリンの大学の講座の一環として、核軍縮について講演されます。滅多にない機会ですのでご参加ください。
 2017年11月10日午前10時からで、講演は英語で行われ、質疑応答にはドイツ語通訳がつきます。 会場は以下の写真をクリックしてご覧ください。

参考として、今年の8月6日の松井市長による広島市平和宣言とその報道は⇨こちらです







2017年10月15日日曜日

335:講演「難民・移民・アイデンティティ=ドイツの経験」2016年10月の紀要掲載のお知らせと補足

 読者のみなさま、
 
 昨年夏からこのブログへの投稿が1年ほど途絶えていた大きな理由は、1昨年2015年秋からの難民問題に注目して、その報告を『世界』などの活字媒体に連続して執筆していたことが大きな理由です。
 またそれに加えて、立命館大学の国際言語文化研究所で、昨年2016年10月に行われた連続講座⇨「越境する民・変動する世界」の企画のひとつで講演をしたことなどで訪日して、いささか落ち着かない状態でした。
 それに、なりよりも横文字の資料文献を読む速度が年齢相応に鈍化しており、読書中にこの写真のような膝の上の猫のアズキと一緒に眠ってしまうことも増えています。明日うらしまもいよいよの老化にはいかんともしがたしです。


 さて言い訳と愚痴はこれだけにして、上記の昨年の連続講座の講演のすべてが掲載されている同研究所の紀要第29巻1号がようやく出版され、同時に⇨すべてがネットで閲覧できますのでそれをお知らせいたします。
  
 そのうちで梶村の講演は⇨「難民・移民・アイデンティティ=ドイツの経験」です。
かなりの長文ですが、原文はレジュメをもとに話したものですので、あまり読みにくくはないと思いますので、お読みくだされば幸いです。
  
 ただ、この講演では写真を多く示しましたが、印刷物のPDF表示のため鮮明に見えないものがありますので、読者の理解のため、使用した21点の写真のうちの3分の1の7点を以下ここに掲載しておきますので、ご参考としてください。番号は本文のものです。


 ここの写真はクリックすれば拡大してパノラマで見れます。

写真1

写真4
写真11

写真13

写真15

写真20
写真21

 なお、この講演はちょうど1年前のもので、その後難民問題は先月のドイツ総選挙にも非常に大きな影響を与えており、これについては今週からようやく連立交渉の予備会談が始められるドイツの新政権成立の見通しがついた段階で、できたら年末までにしかるべきところで詳しく報告する予定です。

 とりあえず、上記の講演に関して、読まれた方のご感想、ご批判をいただければ嬉しく思います。
 なお、写真について本文にはない説明をここで補足しておきます。

写真1は、1939年8月23日の独ソ不可侵条約の秘密協定に基づき、9月に独ソ両軍がポーランドに侵攻し、両軍が出会った直後の9月28日にリッペントロップがモスクワへ飛び、スターリンとの間でポーランドの地図に線引きして両軍の占領地域を現実に応じて確定したものです。だから赤鉛筆の日付は39年9月28日となっています。

写真20は主に、Die Zeit Nr.49. 3.Dezember 2015です。

もう一つ補足しておきます。本文で紹介しましたホモ・ミグランスという概念を提唱したクラウス・バーデ教授の論文、論評などを集大成した書籍が先月出版されましたので、早速求めてみましたら、この通り:


 なんと、600ページの大著で、小さな文字でこれも事典並の構成です。
世論を啓蒙するだけの重みのあるドイツのアカデミズムの良き伝統と業績の実例ですね。

実際にこの著作はレンガの一つぐらいの重さがあります。これは彼の研究所に関する論考のページです。


2017年9月25日月曜日

334;速報:メルケル政権は継続し大連立は崩壊、社会民主党は下野へ。次期はジャマイカ連立政権か。

 先ほどドイツの総選挙の投票場が閉められ、最初の窓口調査の結果が出されましたが、極右政党が予想最大限の13%を超える得票率を得て、初めて連邦議会に第3党として進出しました。
 同時に大連立政権を組んでいたキリスト教民主・社会同盟CDU・CSUと社会民主党SPDの二大政党が、CDU-CSUは33%強、 SPDは20%強と大きく得票率を失い、いずれも史上最低の得票率となることがほぼ確定しました。
 
 これによりドイツの国政での政治配置は、1990年のドイツ統一以来の大きな地殻変動を起こし、大連立の度に凋落する社会民主党は、計算上は大連立を続けることができても、土台から立て直すために下野し、野党第1党となる選択をするとシュルツ党首が宣言しました。従って大連立は崩壊しました。
 これにより極右の「ドイツのための選択肢-AfD」は野党第1党とはなれず国会で、封じ込まれる立場となります。

開票の第一報とともにドイツ全国の都市で極右の国会進出に抗議するデモがほぼ自然発生的に起きています。ベルリンでは数千人と報道されています。
極右の進出に抗議するデモ隊 ベルリンアレキサンダー広場24,9,2017 Reuter

 メルケル氏は第一声で、政権維持を宣言しましたが、大連立の以外では、緑の党、約9%強、と国会再復帰を果たした自由民主党、10%強とのいわゆる「黒・黄・緑のジャマイカ連立」しか選択肢はないことになります。
 この組み合わせは国政では初めての連立ですので 、連立交渉がどうなるかはまだ見通すことはできませんが、そんなに簡単ではないでしょう。この連立交渉が難航した場合は、
黒・黄の少数政権もありえますが、それは弱体政権となります。では再選挙となるとカオスになりドイツだけでなく、欧州同盟が大混乱となります。

 このように世界情勢が不安定な中で、欧州同盟の屋台骨であるドイツの政権が弱体化する懸念がありますが、幸いなことに極右を除いて、他の大半の政党はそのドイツの役割と責任を自覚しているので、なんとか安定政権の成立へ向けて各党が交渉を始めるでしょう。
 ジャマイカ連立では、外交と経済ではこれまでとそれほど大きな変化をもたらすことはないと思われます。
 以上速報です。

2017年9月24日日曜日

333:ドイツ総選挙での極右の進出に大騒ぎしないようにしましょう

 本日9月24日は、ドイツの総選挙の投開票日です。

 この写真は22日にあったSPD・社会民主党のベルリンでの選挙戦の最終日の選挙集会の様子です。ベルリンで最も由緒あるゲンダーメン広場で行われました。推定で4000から5000人ほどの参加者でした。(写真はすべて梶村です)
アンゲラ・メルケル首相に対する対抗馬として同党が擁立したマーティン・シュルツ前ヨーロッバ議会議長も、かなり力の入った演説を50分近くしました。


 会場に掲げられた選挙スローガンは未だに差のある「男女の賃金を平等にせよ」というものです。

 また、この日の特別な応援ゲストは、日本でも⇨「黄色い星を背負って」などの著作で知られているインゲ・ドイッチュクローンさん(1922年生まれ)でした。
 彼女については4年前の前回総選挙の結果が出た際の報告にも日本の秘密保護法との関連でこのブログにも登場していただきました。⇨207:特定秘密保護法は民主主義者を暗殺する。ドイツは暗殺の歴史をどのように官民で記憶しているのか。
今年95歳になるこの人物の両親は、ワイマール時代からの社会民主党員で、彼女もホロコーストを生き延びてからも一貫した党員であるとこの選挙集会の前座でのインタヴューで話していました(上の写真)。
 シュルツ党首は演説の途中で演壇から降りて彼女に謝辞を述べました。その上で、「1933年のナチス権力掌握後の帝国議会でナチスの全権委任法に反対し、多くの犠牲を出した政党として、極右の国会進出は許せない」と述べました。⇨麻生太郎の大好きなこの法律の歴史についてもかつて報告した通りです。

 集会でのこの情景が最も印象に残りました。 なぜ彼女が老体を押してこの選挙集会に出てきたかは明らかです。ついにドイツの国会にも極右政党が登場することを危惧しているからです。「極右にどうすれば対抗できますか?」との司会者の質問に、彼女は「難しいことではありません、それそれが行動すればいいのです」と答えて大喝采を受けていました。
  
 わたしもこの国の戦後の総選挙はその半数以上を体験して、取材するのも8回目です。
 それぞれ特徴がありましたが、今回は特に、上記の集会でも顕著なように、戦後間もない西ドイツの第一次の1949年の総選挙に、DP(ドイツ党)という極右政党が国会に議席を占めて以来の出来事として、極右政党AfD(ドイツのための選択肢)が10%から13%ほどの得票率で一挙に連邦議会に進出することは、残念ながら確実です。

ここに追加です。例えばBBCの日本語版までが、先日から  

⇨ドイツ総選挙 戦後初めて右翼国家主義政党が議席獲得か 

と報道していますが、これは間違いです。上記のように戦後初の1949年の連邦議会選挙では、DPという極右政党が議席を得て、なんとアデナウワー首相はこの政党と部分的に連立まで組んだことがあります。今回の極右政党の進出は従って史上二度目のことになります。日本語でも簡単ですが解説があります。⇨ドイツ党
 
 そのため本日の選挙の結果ドイツの政局がかなりショックを受けて動揺することは間違いありません。
 社会民主党が、さらに得票率を落とて戦後最悪の危機に直面すれば、次期メルケル政権の連立交渉が難渋し、それが不安定な世界情勢にネガティブな影響を与えることも十分に考えられます。

 しかしみなさん、ここでついにドイツの国会に極右政党が登場しても、この国の民主主義の基盤が脅かされることは、全くないので安心してください。ドイツの極右の登場に大騒ぎしないようにしてください。
 これについては、ここブログでは触れていませんが、梶村のドイツ難民問題に関するこれまでの『世界』誌への寄稿、20162月号「メルケル首相の決断と難民問題で『明と暗』に引き裂かれるドイツ」、同6月号「ドイツは難民問題を解決できるか」、同11月号「難民問題で暗転するメルケル政権」などでは、すでに述べてあります。

 また昨年の秋に行われた立命館大学での講演でもはっきりとそれがなぜなのか歴史的、社会的背景を述べてあります。 この講演の内容は紀要などで近く公表されるとのことですので、そうなればお知らせいたします。
 ⇨【第3回】10/21(金)「難民・移民・アイデンティティ―ドイツの経験」
報告者:梶村太一郎(ジャーナリスト)
       石川真作(東北学院大学)
コメンテーター:佐々木淳希(京都大学)
司会:高橋秀寿(立命館大学)
 
 これを読まれれば、難民問題を嚆矢として勢いを増した極右政党が、なぜドイツでは定着できないかが理解できると思います。
 むしろこの国の民主主義をさらに強固にする試練の場になると考えています。
 次期国会ではそれが実証されますので、私も大いに楽しみにしてルポしたいと思っています。
 その意味で、本日の選挙は戦後ドイツ史での一つの節目となることだけは間違いありません。
 では、選挙結果が出た後の明日の朝から、極右たちの表情を、エッチら見にいくことにしましょう。早起きはつらいですが、舞い上がった極右の表情は、日本では日常ですがドイツでは滅多に見られませんからね。