2013年12月28日土曜日

218:世界中があきれ懸念する安倍内閣と日本社会の「靖国引きこもり症」という病氣(その1)ドイツと中国の政府関係

 日本は病んでいます。
 世界中が、この東洋の国が重体になっていると心配しています。
12月26日の安倍晋三首相の靖国参拝で、この懸念はもはや来るところまで来ました。安倍内閣と日本社会の「靖国引きこもり症」が無視できなくなったからです。もはや入院と治療がどうしても必要であると国際社会が自覚し懸念し始めています。その深刻さがベルリンからでもはっきりと判ります。

 この写真は欧州同盟が26日付で出したアシュトン上級代表(外相相当)のスポークスマンが出した→安倍首相の靖国参拝を強く懸念する声明のオリジナルです。

「失望」したとアメリカのケネディー新駐日大使も→とりあえずは声明しましたが、彼女も着任早々深刻さを自覚し始めたようです。
 これらも一種のこの病に関するとりあえずの「診断書」といえましょう。中国、韓国からだけでなく、欧州連合とアメリカからこのような懸念が表明された事実に、病の重さを見るべきです。

 この日本の病について、これからわたしの「診断」をベルリンから、年末にゆっくりと書いていきたいと思います。少しづつ時間を見ながら書き足して行きますのでご承知下さい。途中で何度も改訂しますのでそのつもりでお読み下されば幸いです。
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その1;中国とドイツの外交関係の現状

この写真は今年の5月26日のドイツの首相府の閣議室での写真です。これから始めます。
日本では全く報道されていない光景です。(近くのアメリカ大使館は間違いなくこの会談を盗聴していたでしょう。)

この写真はドイツの→在北京大使館のサイトから借用したものです。

 3月半ばに成立した中国の第7代国務院総理李克強内閣は、初の国外訪問として、まずドイツを訪れました。その初日の両政府の閣僚会談の時の写真です。左の中央に李首相と王毅外相が座り、向かい合ってメルケル首相と、ウエスターヴェレ外相が席を占めています。 当時、ドイツで報道されたこの光景を観て、わたしは「ここまでやるか」と思ったものです。
 まずは、それはなぜかを説明しましょう。安倍内閣が夢にも見られなく、絶対にできない光景であることはお判りでしょう。この光景が語る背景の説明から始めましょう。
(27日。まずはここまで)
続けます(28日)
わたしが驚いたのは、この閣僚会談の席順です。
この写真をご覧ください。
これは、数年前にこの閣議室を参観した時にわたしが撮影したものです。毎週2度か3度午前中定期的にここで閣僚会議が行われます。そんなに大きな部屋ではありません。
そしてこれが首相の席です。机の上の古風な呼び鈴と4面時計は、戦後西ドイツの初代首相のアデナウワー時代から使われている閣議の小道具です。首相が鈴を鳴らして閣議がはじまります。戦前の小学校そのままの習慣がここでは続けられています。

そこで、中国首相の訪問時の写真をメルケル首相の→公式ホームページからいくつか借用しましょう。対談する両首相の写真です。

 李克強首相はメルケル首相の席に座って会談しています。また上の写真にあるように王毅外相は、副首相であるウエスターヴェレ外相の席に着いています。
すなわち、メルケル内閣は客人に上座を勧めて会談したのです。当時の両国の報道にもまったくこのことは触れられていませんが、中国側がこの待遇に強い印象をもったことだけは間違いないでしょう。
中国の訪問団はこの日はベルリン郊外の→メーセベルク城政府迎賓館に招かれ、実務会談も含め一泊し翌朝すっかり打ち解けた様子でメルケル首相夫妻と朝食をとっています。
 ちなみに政府迎賓館といえども、朝食のメニューは、ドイツの3星ホテルのそれに毛を生やした程度で、しごく質素なものです。こんなところにもドイツ人の質朴さがよく現れています。
両国の会談の主要議題はもちろん経済関係ですが、メルケル政権はこの中国の新指導部とかなり率直に話合い、また個人的関係も築いたことは間違いありません。

 もちろんこの訪問は両国の相互の重視が前提としてありますが、それには長い歴史もあります。実は李克強氏はまだ若い共産党青年部のリーダーであった1989年に西ドイツを訪問したことがあります。ちょうど天安門事件の直後で、中国が西側世界から最も孤立していた時期でした。以来彼は西ドイツの経済政策から非常に多くのことを学んだということです。その「先生」のひとりヘルムート・シュミット元首相を彼はこの時も表敬訪問して歓談しています。

また第二次世界大戦後の世界秩序が決定されたポツダム会談場を、王外相と初めて訪れています。下の写真はその時の写真を地方紙から借用しました。


ポツダム宣言の受諾は日独両帝国主義の終焉を意味します。これにより中国も戦勝国としての地位が確定したのです。その原点の地がこの会談場です。王毅外相は日本語が堪能なエリート外交官で、わたしも彼が日本大使に就任した時に東京の大使館でゆっくり話したことがあります。当時は小泉首相の時で彼の靖国参拝が話題になったことは当然です。

さて、安倍首相が靖国神社を訪問した26日、ドイツでもこの日はトルコの政治危機とトップを争って報道されました。ドイツ第一公共テレビARDも夜のニュースで詳しく報道しました。→「日本の首相への怒り・安倍、神社参拝で挑発する」が見出しです。

またこの日北京で日本大使を外交部に召喚した王毅外相が「我々の感情をふみじる国際的スキャンダルだ」と最大限厳しく批判する記者会見の様子を中国電視台のニュースをそのまま引用して東京から伝えています。→「日本の安倍首相、戦死者の神社訪問で怒りを引き起こす」

 このようにドイツでは、彼の怒りがよく理解されるのです。そして「日本はおかしくなっている」という認識が定着しつつあります。いずれ紹介したいと思いますが、主要プリントメディアでも「日本のどこがおかしいのか」という視点の論評が出始めています。
これが安倍首相の靖国参拝がたちまちもたらした現実のひとつです。
 昨日27日には バンキムン 国連事務総長の報道官が「遺憾の意」を表しています。

  このようにたちまち、安倍政権は世界中で孤立しましたが、何故このようなことをあえてするのか? 同じ敗戦国であるドイツと比較して、なぜこれほど、例として中国との関係が対照的なものになっているのか。

 それは戦後日本社会にしっかり根付いた「靖国引きこもり症」という深刻な病氣のせいです。安倍首相はその典型な「靖国引きこもり男」です。その病根を続けて解説します。
(以上28日記)

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